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東京高等裁判所 昭和54年(ネ)939号 判決 1980年7月16日

控訴人 甲野花子

右訴訟代理人弁護士 田野井子之吉

同 高瀬迪

被控訴人 都民信用組合

右代表者代表理事 治山孟

右訴訟代理人弁護士 本渡乾夫

同 田口秀丸

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人は控訴人に対し、金三〇〇〇万円及びこれに対する本訴状送達の翌日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張並びに証拠関係は、次のとおり付加するほかは原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する(ただし、原判決三枚目裏四行目の「失遂」を「失墜」と、五枚目表六行目から七行目の「申入があった。」を「申入をした。」と、七枚目裏一一行目の「意思表示に要素」を「意思表示の要素」と訂正する。)。

一  主張関係

(控訴人)

本件金一七〇〇万円の融資条件として出資金五〇万円の提供と金四〇〇万円の定期預金とがあり、これによる借入額の実質的な減少を補うため、融資当日(昭和五〇年三月一三日)被控訴人は控訴人に対し、一〇日ないし二〇日以内に金二〇〇万円を追加融資する旨を確約した。しかるに被控訴人が一向に実行しないため、控訴人はこれが履行と金二二一万円の不当な払出の取消を被控訴人に対して強硬に要求したが、その手段・方法は社会通念上許容されている範囲を逸脱してはいない。しかるに被控訴人は違法にも控訴人の右要求をもって恐喝、脅迫であるとして告訴し、控訴人を逮捕・勾留せしめたのである。

なお、被控訴人主張の金一〇〇万円の追加融資を受けたことは認める。

(被控訴人)

前記主張事実中、融資条件の内容は認めるが、金二〇〇万円の追加融資を約諾したことは否認し、その余は争う。

二 証拠関係《省略》

理由

一  被控訴人が控訴人及びその内縁の夫である乙野太郎を恐喝罪容疑で尾久警察署に告訴し、控訴人は昭和五〇年五月二七日に、乙野は約一週間後にそれぞれ逮捕され、勾留されるに至ったことは、当事者間に争いがない。

二  本件告訴に至る経緯及び右告訴の違法性の有無について判断する。

1  《証拠省略》によれば、次の事実が認定でき(る。)《証拠判断省略》

(一)  被控訴人北支店は、昭和五〇年三月一三日、取引先の中川物産株式会社の依頼もあり、都内北区赤羽において乙野と共に飲食店を経営している控訴人に対し、運転資金と店舗拡張用のため金一七〇〇万円を融資し、同日控訴人の普通預金に入金された(以上は当事者間に争いがない。)。なお、融資条件に従い右融資金のうち金四〇〇万円は定期預金、金五〇万円は出資金とされたため、控訴人は更に金二〇〇万円の追加融資方を北支店に申入れたが、承諾されずに推移した。

(二)  ところで右融資の関係は被控訴人北支店において職員谷口光徳が担当してなされたものであるが、谷口は右融資日の翌一四日中川物産から右控訴人の預金口座より金二二一万円の払出を求められたのに対し、控訴人の承諾があるものと軽信し、この点について控訴人に確認の連絡等の手続を取ることもなく、前日控訴人から預っていた同人の印鑑を利用して、金二二一万円を控訴人の預金口座から引出して中川物産に交付した。

(三)  控訴人は数日後に右引出の事実を知り、乙野と共に被控訴人に対して無断支出の抗議を始め(その抗議は後記のように嫌がらせ・脅し等に発展した)、かつ引続き前記追加融資方を要求した。これに対し被控訴人も右払出手続の誤りであることを認め、中川物産から返還を受けて同年五月一四日金二二一万円を控訴人の口座に戻したほか、控訴人の追加融資方要求に応じて同年四月三日、同月二六日各一〇〇万円宛計二〇〇万円を控訴人に融資した。

(四)  控訴人の被控訴人に対する嫌がらせ・脅し等の行為は同年四月二六日頃から五月二一日頃にかけてほとんど間断なく行われた。すなわち、控訴人及び乙野は、被控訴人の北支店又は本店の店頭ですごんだり大声を出したりして嫌がらせをし、その都度二時間以上もねばり、「職員が無断で顧客の預金を払い出したから理事長は責任を取れ。」との要求を繰り返し、理事長に面会を強要した。また控訴人は理事長の自宅に午後一〇時ころから深夜にかけて前後二一回にわたって乙野と交交に電話をし、電話口に出た同人の妻に対して毎回三、四〇分も責任を取るよう執拗に要求し、理事長及びその家族を恐怖におびえさせた。そして此の間において控訴人らは被控訴人に対し、謝罪金として前記払出し額の倍返しの意味で金二二一万円(後にその要求額は金二〇〇万円に減額された。)を支払うよう申し向けるに至った。

以上の要求は、被控訴人の無断払出の件が前記のとおり五月一四日をもって一段落したにもかかわらず、その後に至っても以前と変りなく執拗に続けられたため(理事長宅への電話について云えば、五月一五日、一六日各二回、二〇、二一日各一回)、被控訴人はやむなく同年五月二二日ころ前記告訴に及んだ。

(五)  告訴状は、その内容において、本件紛争の経緯と控訴人側の要求の態度・内容について以上の認定とほぼ吻合しており、ただ控訴人夫婦が住吉連合の者であると断じているが、これは控訴人らが被控訴人側とやりとりしている際一度ならず同趣旨の発言をしたためであった。

2  以上認定の事実関係の下では、控訴人及び乙野が被控訴人或いは理事長とその家人になした行為は、強要、脅迫、恐喝等の罪に該当するおそれが多分にあり、しかもその行為は一か月近くの間反覆して執拗になされているから、右事実に基づいて被控訴人が控訴人を告訴したのは、その紛争の発端が職員の事務処理上の不手際に由来するものであるとしても、やむを得ない措置であり、告訴状の内容においても問題とすべき点はみあたらないから、本件告訴をもって違法があるものということはできない。

控訴人は、被控訴人は金一七〇〇万円の本件融資をした際、金二〇〇万円を追加融資する旨を確約したにもかかわらずこれが実行をしないため、その履行を求めたにすぎない旨主張するが、被控訴人が右確約をしたものとは認められず、かつ、控訴人らの行為が右主張の程度に止まるものでないことは前記認定のとおりである。また前記告訴事件については、当事者間に争いのないようにその後示談により告訴取下げとなっているが、右事実その他によっても前記認定・判断を左右するに足りない。

三  以上の次第であるから、本件告訴が違法であることを前提とした本訴請求は、その余について判断するまでもなく失当として棄却すべきであり、これと同旨の原判決は相当であって本件控訴は理由がないから棄却し、訴訟費用は敗訴の当事者に負担させることとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田中永司 裁判官 宮崎啓一 岩井康倶)

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